前 髪

前髪を取り分けるにあたり、京坂と江戸の御殿女中は丸い形に取りましたが、江戸では四角く取るのが一般的でした。前髪の取り方の広さ・形には流行があり、それによって印象は大きく違ったものとなりました。 短く切った「切前髪」、中央で分ける「とうし髪」などもありました。

びん)

耳の上部、顔の横の髪を取り分けた部分を「鬢」と呼びます。 江戸中期の1700年代半ばまで、鬢は膨らませず、髱に自然に添わせていましたが、宝暦(1751-1764)頃に「鬢さし」(京坂では「鬢はり」)が考案され、ボリュームのある鬢が結えるようになりました。

吹き前髪

吹き前髪

灯籠鬢

​髱(たぼ・つと)

耳際あたりから、根を取った下の後頭部の髪が「髱」。江戸では「たぼ」、京坂では「つと」と呼びます。 公家の葵髱(あおいづと)、御殿女中の椎茸髱のように、鬢と髱が一緒になって「髱」と呼ばれるものもあります。

鴎髱(かもめづと)

​髷(まげ)

全ての髪を根でひとつに束ね、形作った部分が「髷」です。 髷は大別して四系統の基本型(兵庫髷系・島田髷系・勝山髷系・笄髷系)に分類できます。 (これらの分類に属さないものや、二・三の系統が混在するものもあります)

横兵庫髷

(ね)

前髪、鬢、髱の毛を一束にまとめて結んだ部分を「根」、束ねた髪を「髻(もとどり)」と呼びます。江戸前期の中頃から江戸後期の文化頃までは、根を安定させるために小枕(固く固めた紙・黄楊・桐材などで作った円筒状の芯)を入れました。一時使われなくなりましたが、近世になって髢(かもじ)と一体化した物が作られるようになり、一般的に広く使われました。現代でも日本髪の鬘(かつら)の結髪などに使われています。

また、中期の始め頃からは、髢を入れるのに都合の良いよう、根の中央を円形に剃る「中剃(なかぞり)」が行われました。この中剃りは民間の女性の風習で、公家・武家の御殿女中の間では行われませんでした。

​小枕

髷(まげ)・髱(たぼ・つと)・鬢(びん)の語源

「髷(まげ)」は、髪を束ねて綰ねる(わがねる/輪を作るように結ぶ)が詰まって「わげ」と言ったものが「まげ」に変化しました。

「髱(たぼ)」は、後頭部の髪が撓(たわ)められた様子を「たわ」と言いましたが、変化して「たぼ」となったと考えられます。京坂では「つと」と言います。

 「鬢(びん)」は顔の濱(ひん/浜の旧字)をなすということ

で「鬢」の字が使われました。濱は水ぎわの切り立っている所という意味で、顔の境界の髪を表しています。 

*「まげ」は今では「髷」の字を使いますが、昔は「髻(けい/もとどり)」、「鬟(かん/みずら)」の字も用いられました。平安時代の辞書「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」によれば「髻」も「鬟」も「髷」と同じ「屈髪」を意味するということです。

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